画像:古代文字「蚕」
文字の意味:かいこの象形文字。
絹織物の起源
蚕の幼虫は、たくさん桑の葉を食べ、何度か脱皮して糸を吐き出しながら繭(まゆ)をつくっていきます。繭からつむいだ絹糸、絹の起源は、今から6000年前とも5000年前ともいわれています。
甲骨文字のなかにも、画像のような「蚕」という文字や「桑」、「糸」、「帛」などの文字が見られ、殷代にはすでに養蚕がはじまっていたことがうかがえます。
はっきりしたことはわかっていませんが、中国の黄帝(中国の伝説上の古代帝王)の皇女が繭であそんでいたとき、繭を湯の中に落として拾い上げたところ、繭から糸が操り取られて、これが絹の発見となったという話があります。中国の「惟南王蚕経」には黄帝の妃の西陵が、養蚕、製糸、織物の技を侍女に試みさせたとあります。
1926年(民国15)、山西省夏県西陰村(かけんせいいんそん)の遺跡から半個の繭殻が発見されました。この遺跡は紀元前3000年頃の仰韶文化期のものです。また1958年(民国47)には、紀元前2700年頃の新石器時代の遺跡、浙江省呉興銭山漾(ごこうせんさんよう)遺跡から絹布が出土していることから、この頃に絹が使用されていたのは確かなようです。
殷代には絹織物生産が行われ、しかも製品のなかにはかなり精巧なものが現れるようになりました。これは、殷代の青銅器に附着した絹織物の断片からわかっています。でも、殷代の絹織物は、庶民の着物ではなく、神儀や祭儀などに用いられた特別なものだったのではないかということです。
古代中国ではじまった絹は、やがて陸路でも海路でもインド、ペルシャ方面に輸出されていきました。これがシルクロード(絹の道)となってやがて東西文化交流の道となりました。
日本のきもの
ところで、日本では弥生中期後半(紀元前後)ごろに養蚕がはじまりました。やはり中国からその技術が伝わったといわれています。弥生時代の遺跡から出土した埴輪や土偶から、もともと日本人は上下に分かれたは洋服のような感じのものを着ていたようです。女性は衣裳(きぬも)、男性は衣袴(きぬばかま)というきものです。
聖徳太子の時代、律令制度の中に絹を納めることが定められたことから養蚕は発展し、江戸時代になって桑の栽培が奨励され、生糸の生産は自給自足となって養蚕が広く普及しました。きものの形も現代の原型となるものが定着しました。以来、織物や染物の技術も発展し、きものには四季折々の自然、花鳥風月の美しい文様が写しとられ、着方や帯の結び方などにもさまざまな意味がこめられ、繊細で細やかな日本独自のきものの歴史をつくってきました。
たとえば「麻葉模様」。正6角形をつないだ幾何学模様ですが、麻の葉に似ているところからこの名がついたもので、これは邪気を祓い身を守る意味があるということから、赤ちゃんの産着に使われるようになりました。こなん文様にこめられた意味など日本のきものの豊かさは、また別の機会に紹介しますが、なんといっても、きものの豊かさの一番は、“リサイクル”できることだと思います。
『もったいない MOTTAINAI マータイさんの言葉』より日本の「きもの」は究極のリサイクル衣料です。
糸をほどけば元の反物(たんもの)に戻るので、仕立て直して、親から子へ、子から孫へと何世代にもわたって着つづけることができるのです。
(プラネットリンク編・2005マガジンハウス発行)
画像:古代文字「衣」
文字の意味:衣の襟元を合わせた形をかたどった文字。
古くから、“衣には着る人の魂が寄せられる” という観念があって、古代の招魂・鎮魂の儀礼には衣を用いることが多かったといいます。古代文字の「衣」、字形は着物の襟元を合わせたそのままの形ですが、この文字は単に衣服としての衣以上のものが象られているのですね。
衣服を身につけることを “まとう”といいますが、この言葉を借りて言うなら、古代文字はまさに人の心がはじめて“まとった形”、“古代人の魂の衣”のようなもの。
10年ほど前、この甲骨が出土した中国河南省安陽市・小邨という村を訪れる機会に恵まれました。安陽といえば、そのむかし殷王朝が栄えた黄河文明発祥の地。 しかし現在では、ここで古代王朝が栄えたと思いを馳せるには、たくましい想像力が必要かも・・・というくらい荒涼とした土地にぽつんと石碑があるだけ。
世界遺産に指定される10年前のことで、少し寂しかったのですが、何はともあれ、そこを訪れてはじめてこの目で見た甲骨文字たちは、まるで今にも動き出しそうな息づかいが感じられ、もぅびっくりしてしまいました。まるで生きているのです。今の漢字とほとんど変わらない字形もあれば、見当もつかない文字もありますますが、古代人たちは、日々自然とともに暮らし、そこから見たり感じたりした心象風景、古代人の喜怒哀楽に、実に素朴であたたかい衣を着せています。
だから私は、古代文字作家として自分自身のオリジナリティを表現するよりも、古代文字自身のオリジナルな形を素直に伝えたいと思うのです。そして、古代人の心が形をまとったその最初の瞬間はどんなであっただろうと、遠く思いを馳せると、現代社会の中で自分がまとっている不要なものや、心についた垢がぼろぼろ落ちていくような、そんな心洗われるような感じがします。
四季のある日本では、6月1日と10月1日は「衣替え」の日です。季節の変化に合わせて、学校や職場などの制服の夏服と冬服を変更する習慣ですが、実はこの「衣替え」は平安時代の宮中からから始まったといわれています。平安時代には旧暦4月1日に冬装束から夏装束に替え、旧暦10月1日にはふたたび冬装束に着替えました。この時代、まだ四季に合わせた衣装はなかったので、夏と冬以外は下着などで暑さ寒さにあわせて調節したということです。
江戸時代になると、幕府が、4月1日から“袷小袖”、5月5日からは“一重帷子麻布”、9月9日から“袷小袖”、9月9日から“綿入小袖”などと定めました。
現代では四季にあわせた衣服も豊富になりましたが、何よりもエアコンが完備されるようになって、衣替えの習慣もだんだんなくなっていくのではないかといわれています。文明の利器というのは本当にすごいですね。暑さ寒さの感覚を吹き飛ばしてしまうのですから。
衣による“エコ心”の表現、現代版衣替え「クールビズ」と「ウォームビズ」
現代人の生活になくてはならないエアコン、実はいま毎日のように耳にする「地球温暖化」の原因の一つでもあります。「地球温暖化」とは、温室効果ガスによって地球の平均気温が上昇することで、それによる異常気象などの影響が世界中で懸念されています。温室効果ガスの一つである二酸化炭素は、石炭や石油の燃焼や発電などによって多量に排出されるため、日本のように産業や交通が発達し、電化製品に囲まれて快適に暮らせる所では、排出量も多くなっています。日本はなんと世界で4番目に二酸化炭素排出量が多い国なんです。
そこで、2005年から環境省は地球温暖化防止対策として、夏のオフィスのエアコンの温度設定を28℃に保つことや、そんな中でも快適に過ごせるように衣服を軽装化しようと提唱しました。そのキャンペーンが「クールビズ(Cool BIZ)」です。「クールビズ」によって、暑い夏も快適な衣服の素材やデザインがたくさん開発され、夏でもネクタイ&スーツの男性の姿が以前よりもずっと少なくなりました。同じように環境省は、冬には、エアコンの温度設定を20℃に保ち、“寒い時は着る”“過度に暖房機器に頼らない”そんな原点に立ち返り、“暖房に頼り過ぎず、働きやすく暖かく格好良いビジネススタイル”を「ウォームビズ(Warm BIZ)」として、地球温暖化防止対策を呼びかけています。
こんなふうに、オフィスだけでなく、家の中でも、日常生活のちょっとしたひと工夫や改善で排出量の削減に大きく貢献することができます。この現代版衣替え「クールビズ」と「ウォームビズ」、衣による“エコ心”の表現でもあります。